次期管理職の有力候補に昇進を打診したら、「今のままでいいです」と断られた。昇進・昇格試験の受験者は年々減っている。プレイングマネジャーは目の前の業務に追われて疲弊し、若手はその姿を毎日見ている。
それでも、管理職手当を見直しても、研修を増やしても、管理職を目指す人は増えない——。
そんな経験を持つ経営者・人事責任者は、実は少なくありません。原因は、若手の意欲の低下でも、世代の価値観の違いでもないことが多いようです。
多くの場合、背景にあるのは二つです。管理職の負荷が増え続けた一方で、権限と処遇がそれに見合って増えていないこと。そして、管理職が疲弊する姿が、組織の中で日常的に「見えてしまっている」こと。
手当や研修の積み増しだけでは、昇進をためらう心は動きません。管理職という役割の重みと魅力は、経営と人事が何を語り、何を問い、何を許し、何を称賛するかによって形づくられていくものです。
「最近の若手には出世欲がない」として捉えると、打ち手がずれてしまうことがあります。
本質は、管理職という役割そのものの設計——負荷と権限・処遇のバランスにあるのかもしれません。昇進を断ることが、本人にとって合理的な選択になってしまっていることが、より根の深い課題である場合が多いようです。
この状況に心当たりがある場合は、まず自組織の課題整理からご相談いただけます。企業・自治体の状況に合わせて、講演・研修・ワークショップ・継続支援の形でご提案できます。
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管理職が「罰ゲーム化」している状態には、いくつかの共通点が見られます。
かつての組織では、「昇進は報酬であり、名誉である」という共通認識が、人を動かす大きな要素でした。
しかし、その前提が少しずつ変わってきています。
働き方の多様化とキャリアの複線化が進み、管理職の負荷増大は調査やSNSを通じて広く可視化されました。「管理職の罰ゲーム化」という言葉が人事のトレンドワードとして定着するほど、この問題は個社の悩みから社会的な構造課題に変わっています。従来の「昇進で報いる」「頑張れば報われると説く」「管理職は当然の通過点とみなす」だけでは、現場が動きにくくなってきているのが実情です。
経営と人事に求められる役割が、「候補者を選び、送り出す」から「管理職という役割そのものを設計し直す」へと移り始めています。負荷を棚卸しして減らし、権限を渡し、管理職を「憧れられる仕事」に戻すこと。そこが、経営と人事に期待される場所になってきています。
ここで問われているのは、待遇や制度の微修正ではありません。管理職という役割の像そのものです。昭和型の管理職は、権威で従わせ、忍耐で応える存在でした。令和型の管理職は、意味・成長・承認という非金銭報酬を部下に手渡せる存在です。管理職を「昇進というご褒美を受け取る側」から、「非金銭報酬を払う側」へ。この転換が、罰ゲーム化を止める起点になります。
管理職が「罰ゲーム化」している状態が続くと、組織には静かな停滞が起きやすくなります。
次世代リーダーの供給が止まります。今日の昇進辞退は、数年後の部長候補・経営人材候補の不在として現れます。リーダーパイプラインの停止は、気づいた時には数年分の遅れになっています。
現任管理職の離職・休職リスクが高まります。なり手がいないほど、いま担っている人への負荷は増えます。最も辞めてほしくない層から崩れていく悪循環です。
意思決定が上に滞留し、組織のスピードが落ちます。権限委譲が進まないまま管理職が疲弊すると、判断はさらに上へ集中します。現場の停滞は業績に直結します。
「管理職を目指さないキャリア」が組織の標準になります。辞退が続けば、それは個人の選択ではなく組織文化になります。文化になってからの巻き返しは、制度変更よりはるかに困難です。
罰ゲーム化の放置は、目先の管理職不足ではなく、数年後のリーダー供給停止という形で経営に返ってくる——それが、より根の深い問題です。
手当や研修をさらに積み増す前に、管理職という役割の「設計」そのものを見直すことが出発点になります。
管理職の業務を棚卸しし、「管理職がやらないこと」を明文化します。期待の追加ではなく総量の設計から始めることで、初めて負荷は構造的に下がります。
若手の昇進意欲を左右するのは、負荷の軽さ以上に「自分で決められるか」です。任せ方・決めさせ方を制度と日常のマネジメントの両面で設計し、管理職を「裁量のある仕事」に戻します。権限を渡すことは、負荷を分散するだけの話ではありません。「自分で決めた」という当事者意識を分配することでもあります。そしてこの当事者意識こそが、管理職本人の幸福感を左右します。
経営が管理職の挑戦と成功体験を語り、称賛する場を意図的につくります。疲弊だけが可視化されている状態を、挑戦が可視化されている状態に変えていきます。同時に見直したいのは、管理職を「非金銭報酬の払い手」として語り直すことです。給与や昇進だけでなく、承認・成長機会・裁量という非金銭報酬を部下に渡せる存在として管理職を位置づけ直すと、魅力は「肩書き」ではなく「機能」として語られるようになります。
トイトイ合同会社 代表/元 ニトリホールディングス 理事 /人事責任者
永島寛之氏は、ニトリで店舗担当者、フロアマネジャー、副店長、店長職としてプレイングマネジメントの現場を経験した後、採用教育部長として教育・タレントマネジメントに携わり、理事/人事責任者としてグループ全体の人事を担ってきました。管理職の「なり手不足」を本人の意欲の問題ではなく、役割設計・権限設計・育成設計の問題として扱える、数少ない実務家です。近年は、管理職を「非金銭報酬の払い手」として捉え直す視点、昭和型から令和型への管理職像のアップデート、当事者意識と幸福の関係について、講演・研修で発信を続けています。
この講演・研修では、経営層・人事責任者を主な対象に、
抽象論で終わらせず、明日からの言葉と行動に落とし込むことを大切にしています。
個人:経営・人事が「なぜ断られるのか」を構造で語れるようになり、打ち手の議論が意欲論から設計論に変わります。同時に、管理職自身が「非金銭報酬を払う存在である」という当事者意識を持てるようになります。
チーム:権限委譲が進むことで判断が現場に降り、管理職の抱え込みが減り、意思決定のスピードが上がります。
組織:昇進が「罰」ではなく「挑戦」として語られるようになり、次世代リーダー候補の裾野が広がります。
本プログラムは、組織課題や育成方針に合わせて設計を行う形式で提供しております。単発講演型から、実装を見据えた伴走型まで対応可能です。